日が落ちると共に消えた光

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

特に誰かに同情をしてほしいとかじゃない。

哀れに思ってほしい訳でもない。

 

ただ、あの日を境に変わった自分の考えを赤裸々に告白したいのだ。

 

蝉が落ち着きを取り戻し、風が肌寒くなり、服達が徐々に背伸びをし始めた頃

飼い犬が亡くなった。

あれは私が中学2年生の時であった。

 

恐らく多くの方々が経験したであろう出来事が、10代前半に降りかかってきた。

 

彼女が家に来た時は、私はまだ両親に抱っこされている年齢。私と共に彼女は成長した、また私も彼女と共に成長し、あらゆる経験をした。

 

当時、私はお世話をしてやれなかった。いや、やらなかったの方が正しいのかもしれない。部活が忙しいのも然り、ただ単にめんどくさかったのだろうと今思えば思う。

 

彼女は様々な病に侵された。その都度、病院に連れて行っては治り、その繰り返しであった。

 

私が彼女と出かけ、帰宅した時、彼女の顔がパンパンにはれあがっていた光景は今でも忘れない。

 

喋れないから助けも呼べない。そんな彼女に私は申し訳なさでいっぱいであった。

 

彼女が亡くなったのは、唐突の出来事であった。

 

いつものように、病に侵され、病院に行った。しかし、いつもより獣医さんが深刻そうな顔をしていたのは、中学生ながらに理解していた。

 

しかし、いつものようにまた元気になって帰ってくると思っていた。

 

私は家に帰り、床に入った。

 

そして起きてすぐ玄関を見てみるとそこに彼女の亡骸があった。

 

最初は寝ているだけだと思ったが、どうやら違った。

 

真実を両親から聞くと、それはそれは、狼が吠えるより、猿が泣くよりも大きな泣き声をあげた。

 

悲しいからか。お世話をせず、後悔したからか。予想外の出来事で混乱したのか。

 

実はそれははっきり覚えていない。

恐らく全部であろう。

 

そこから私は何を学んだのか。

 

命の大切さ?後悔をしないように生きろ?

 

そんなことは彼女が死ぬ前からわかっていた。

 

そこで学んだのは、動く物はいつかは止まる。

命あるものはいつかは死ぬということである。

 

これ気づきさえすれば、命を大切にすることなて、息をするようにできる。

後悔しないように人に対して接するなんてことは当たり前になる。

 

彼女は生きていても私に多くのことを教えてくれた。

 

そして死してなお、私は人生の教訓を彼女に教わった。

 

日が落ちたあの日に消えた光。

 

その光は死してなお、私の人生の灯火になり、輝く星であり続けるのだ。

 

向こうで会えるのを楽しみにしています。